HOME  >  <蠢動-しゅんどう-> 対談 映画監督三上康雄×全刀商理事長深海信彦
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今日お話を聞かせて頂きます深海と申します。
三上と申します。

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全刀商理事長 深海信彦

深海  :  監督、久しぶりの本格的な時代劇ですので刀剣等を商売としております我々はこの映画に注目しています。時代劇が盛んなときは刀に人々の興味と関心が高まりますが、そのときの世代が今70代、80代、90代の人たちです。その頃は「切腹」や「上意討ち」などの時代劇が盛んに上映されていました。その頃の時代劇を見た人たちには今日のいわゆる刀剣ファンも多くいます。時代劇がテレビや映画で繰り返し上映されることによって当時の風俗の最たるものである刀や戦国時代の鎧兜などに自然に関心が行ったことでしょう。それが最近あまりありません。今は時代劇といっても丁髷に刀を差しているだけの時代設定だけですね。ですから刀や鎧といった江戸時代や室町時代の風俗に関する関心が昔の時代劇映画を観たほどには印象がうすいと言えます。ですから、刀離れ、武士離れが著しくなって平成の世を迎えていると思います。いよいよ平和ボケしてしまいます。何の争いもありませんから。昭和30年代、40年代も争いはなかったけれどもこういう映画が劇場で公開されるたびに、遠く江戸時代を偲んだり、昔にはこういうことがあったりと、兜を被ってみたいとか、刀を手にとってみたいとか想う。そう意味で今回の蠢動-しゅんどう-で少しでも江戸時代とか、武士の風俗に関心が戻る人も多いことでしょう。

監督 : ありがとうございます。観られて如何でしたか?

深海 : 全般的にやるせない、どこにもやり場がない、誰が善なのか誰が悪なのか、誰を恨めば自分の気が済むのか、やり場のない、どうにも解決しようのないところに追い詰められていって、にわかには自分自身に結論が出ないストーリーですね。

監督 : そうとも言えますね。

深海 : 武士社会の不条理、不合理が全編に、特に後半はこれでもかと描かれていて、やるせなさがとことん追求されています。これが日本の武士道なのか、実状なのか。観る人は国や藩のそれぞれの立場を思い知らされますね。

監督 : はい。ただ最も武士らしい生き方を貫いた原田は最後には武士道を貫ききれず、人間道を貫いてしまいましたが。

深海 : そうでしたね。だから彼が主役なのですね。でも観る人は無実の罪を着せられた香川が悲劇のヒーローで主役にも見えますが、今監督がおっしゃったように、最後に原田が武士道を全うできなかったところに人間の弱さと正義感、それが彼の主役たる所以なのですね。

監督 : そうだと僕は思っています。
だから殺陣(たて)をしているのは香川なのですが、ドラマの部分は原田と荒木が基本です。

深海 : ただ見る人の関心や同情は香川に・・・。

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映画監督 三上康雄

監督 : これが深海さん、面白いところで、僕は観終わった人に、「あなたにとっての主役は誰ですか」と聞くと、香川という人もいれば原田という人もいるし、荒木という人もいる。舟瀬という人もいます。観る人その人の立場で社長さん重役さんは荒木に感情移入し、専務とか社長室長さんは舟瀬に、課長さん部長さんは原田にというように、観ている最中自分が誰かに感情を移入したくなりそれは誰であろうかと心の中で探すのでしょう。

深海 : 僕も刀剣商として、刀とのつながりは何であろうかと観ました。香川は業物といわれて姉の婚約者に刀をプレゼントされ、その刀を持って藩を出るのですが、観る人がそれを理解できるだろうか。また、この映画のポスターで強調されている、(松宮を)斬りたくないけど斬らねばならないその前夜、蝋燭の光に剣をかざし、この剣で斬らねばならないという原田の葛藤でしょうか(刀をかざした意味を観る人が理解できるだろうか。)香川を斬らねばならないときもおそらく同じで(原田は刀をかざ)したでしょうか。

監督 : 香川のときはその前夜に水を浴びるしかありませんでした。そこまで(原田の気持ちは)昇華していました。

深海 : そうでしたね。

監督 : ただやっぱり、私の見解では刀を鞘に納めるということはもう斬るという事に決めたということなのです。

深海 : 全編やるせないですね。

監督 : 僕も撮影の前に岡山県の長船ですか、刀鍛冶のところに聞きに行きました。現場で真剣は使えないのです。

深海 : 僕は今回イヤホンで聞きましたが金属音が凄かったです。イヤホンで聞くと真に迫った音でした。

監督 : 僕がこの映画は全部携わっているので、普通の時代劇みたいに音をつけていないつもりです。だから刀を抜くとき納めるときに他では「スリスリ」と(効果)音をさせるのですが、僕に言わせたらありえない。僕も居合をやっており「あれは駄目だ」と聞かされています。上手い人は擦らずに抜き、納刀出来るはずです。あのスリスリ音は全部なくしました。

深海 : スリスリ音はしませんね。むしろ「チャリッ」っていう音がします。それは俗語で拳銃のことを「チャカ」と言うそうですが、あれは撃鉄のところに遊びがあるので、ポケットから出したときや攻撃の用意をしたときに撃鉄が動きチャカッ、と音がするのでチャカと言うんでしょうね。刀も鐔と切羽の部分のところに遊びがないと物に当たった時に目釘が吹っ飛ぶ恐れがあります。固く締まっているばかりでは上手く戦えないので抜くと、チャリッと鐔の遊ぶ音がします。そこで抜いてもなるべく音が出ないよう鯉口をあらかじめ1センチ位切ります。そうするとチャリッ音が少しでもおさまります。あれを鯉口を切らずいきなり抜くとチャリッ、ガチャッと音がしてしまう。だから拳銃がチャカというなら、刀はチャリでしょうね。鞘走る音はあるにしても大きくはありませんね。それにしてもこの映画をイヤホンで聞くと良い擦過音がしていました。

監督 : 「色は派手に、音は地味に」が僕の考え方で、音は必ず必然でなければなりません。余計な音、たとえば梟の鳴き声などは入れません。ひとつひとつ音としてはっきり主張できるようにしました。

深海 : なるほど。迫真的な良い音がしていました。実際に斬り合いますとカチッっという止めの音はありません。カチッとしたら刃こぼれするし、守る人がカチッと受け止めたら次の攻撃が出来ないから攻撃するためには斜めに受けなければなりません。斜めにシャリッと受ける擦過音です。斜めに棟側で受けるから次の攻撃が出来る。カチッと受けたら受けっぱなしになります。その点(この映画は)カチッという音がなかった。だから余計真に迫ってきます。

監督 : ありがとうございます。

深海 : こういう時代劇が劇場に入場者が多く、観た人が感動を受ければ、昔はあのようにして刀一本で、心の問題、藩の問題、国の問題を解決したのか、最後は刀なのか、その位神聖なのかと昔を感じてもらえるでしょう。近代戦で使っている銃や大砲ではなくて・・・。

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監督 : 刀は武器ではなくて精神ですからね。

深海 : 精神、神聖なものですから。最後に決するものですから。
だから切腹でも自分を切る刀は神聖なものでした。介錯されるときでも低級な刀で首を斬られたくないから「その刀はなんだ」と振り返って介錯人に聞く人もあったそうですから。また、刀は短いものに出来のいいものが多いのです。長船の刀鍛冶に聞かれても同じ答えが。ただ彼らは現代作家ですから美術品としての刀であり人を斬るものではありません。しかしコンセプトは理解していますから。短い刀は人を攻撃するためにはあまり役にたちません。自分が武士として最期の潔い死に方をするために自らを処するものとしての要素が高いのです。それが造るほうにも自然にわかるじゃないですか。人を殺すのではなくて、我が身に入るという神聖さが。

監督 : それは脇差、ですか。

深海 : 脇差よりも短刀の名品は一般的に高価です。短刀は30センチ未満。脇差は30センチから60センチまでのものをいうのですが、短刀は武家社会の発達期、つまり武士道の充実期に多くの名作が生まれていることも矛盾しませんね。

監督 : 短刀は普段どこに持つのですか。

深海 : 前に差しています。脇差と大刀二本差しですが、その他に一本前に差すことが多いのです。殿中に上がったときや他の家に招かれたとき、大小二本はクロークに預けます。しかし短刀は身に帯びて接しても良いことになっていました。
江戸城開城の際に西郷隆盛と対談した勝海舟は前に差していますね。あのように城内では許されない刀も、短刀は(差したままを)許されました。短刀は攻撃の武器としては有用性が低いからでしょうか。

監督 : 三本差したのは見たことがないような気がします。

深海 : 一本だけのシーンが多いかもしれません。三本差すと立ち回りが面倒でしょうから。(短刀は)落ちやすいですし。前に屈むと帯から抜け落ちる危険があります。大刀も走るときは柄を持って走りますね。持たないと抜けてしまいますから。
こういう映画がヒットしてもらえば、我々も大歓迎です。刀は神聖なものと(捉えてもらえます。)10月の25、26、27日に大刀剣市といって全国から70数店舗が集まり、刀はおそらく千本以上並ぶでしょうか。そこに監督か俳優さんの誰かが来て、「ほう、これが刀か」と刀を見ているシーンが画像で得られればちょっと遅ればせながら宣伝にはなると思います。当日は3千人位の来場者です。しかし来場者に比して広報はかなりのものです。スポーツ紙など各取材が来ますので監督か俳優さんが足を運んでくれるならば、時代劇に登場している役者さんが刀や脇差、短刀を熱心に見ているシーンがあったら刀と製作者、それを演じる役者さんを一体として面白いシーン(記事)が得られるかもしれません。

編集長 : 海外からも100人位訪れます。刀を武士道のシンボルとして敬意を払っています。この映画は海外でも受け入れられると思います。武士道という精神性が・・・。

監督 : 現実に海外から配給の話が来ています。ただ、まだ条件を詰めなければならないので表立って発表できないのですが・・・。

深海 : 海外で日本刀や日本美術を扱う店の名前は、BUSHIDO、SAMURAI、あとBUSHIなどだいたいそういった名前ですよ。刀といったら武士道と外国人は思っているようです。
その象徴となる映画、一番上映される率が高いのは江戸時代の武士かな。袴着て帯締めて二本差して。戦国時代のものは甲冑に身を固めているので顔を全部表さないで戦をしますので。江戸時代の武士は武具甲冑に身を固めていないので一番侍らしい。戦う姿がはっきりと映像で見えますから。これより時代があがると馬になります。馬上で、しかも得物が長くなる。槍や薙刀みたいに。江戸時代は馬ではなくて徒歩戦になるので絵になります。馬に乗った集団戦では・・・。

監督 : 馬に乗った集団戦では凄いことをやっているのだけれど誰と誰が戦っているのかわからない。

深海 : そうですね。それと決着がつきにくいのです。鎧兜に身を固めていたら刀ではなかなか決着がつかない。防具を着けていないなら勝負はつきやすい。時代設定としては江戸時代が一番良いかもしれませんね。
ただ因幡藩は実在ではありませんね。どこか実在の藩にすれば良かったのではないですか?

監督 : 実在はこわいですから。本当にあったのかといわれますから。やはり名前を変えておかないと。だから、鳥取藩のことだけど因幡藩と伯耆藩にして、池田家ですけど石田家にして、城代家老の名前も荒井なのですが荒木に変えました。

深海 : 譜代大名なのだけれど外様に変えたのですか。この映画の藩は外様ですよね。

監督 : 一応外様です。譜代扱いの外様なのです。(始めのシーンでありましたが将軍の)娘を(嫁に)もらっていたので葵の紋も使える特権があったのです。

深海 : 外様だけに公儀の隠密は怖いわけですね。隠し田が露見したり。なんとしても藩は守らなければならない。そのためには若い侍のひとりやふたりということでしょうか。

監督 : そうですし、香川の挙動に藩に対する思いがなかったではないですか。そこで彼が選ばれたということでしょうか。

深海 : このまま生きていても、仮に剣の達人であったとしても、香川は何か藩で問題を起こすかもしれない存在であったということでしょうか。

監督 : はい。なおかつ、修行に行きたい、修行に行きたいと自分のことばかり言っていましたから。もうひとつ彼の中での問題は父親のとった行動を理解しようとしていない。それが彼の一番の問題でした。素直に受け止めていたら違ったでしょう。ある意味できちっとした教育を受けていなかったのですね。冗談半分にいうのですが、姉がいるのだから姉がきちっと教えてあげれば良かったのにと・・・。また昔の人ですから父親も上手く説明はしなかったのでしょう。

深海 : なるほど。
この刀の扱われ方が我々も興味があるのです。
刀はこれ一本で命のやり取りをするのですから神聖なものです。ばっさばっさと刀が人殺しの道具のように扱われては困りますし。

監督 : いまだに時代劇は殺陣のシーンになるとタケミツです。これが全く進歩していません。これだけ時代が進歩していますのですから例えばグラスファイバーでできないのでしょうか。
タケミツは軽すぎます。当たるとぶれますので全然本物とは違います。もう少し本物の刀に近いもので撮影はやりたいですね。

深海 : でもそれは不可能ではないです。今、銃刀法の武器製作の条件がものすごく変わり、今までジュラルミンの居合刀が良かったのが駄目になり、合金が良かったのが駄目になり、今は当たると壊れる材質のものでなければ上野のアメ横でも全国の武道具店でも売れなくなったのですが、タケミツのようにはぶれません。それは撮影用に使えるでしょう。

監督 : いやそれでは怪我をするでしょう。

深海 : 先端が顔に当たったりすれば危ないでしょうが、それは竹製でも同じでしょう。今は当たったらガシャンと折れるものでないと許可の対象になりません。何か、もっとモロい材質で特注できませんかね。

監督 : ゴムか樹脂である程度重みのあるものでやりたいですね。

深海 : それも開発できますよ。

監督 : いや。需要とのバランスです。これだけ時代劇が作られていなくて誰が買うのという話になります。あれを真剣に見せるような振り方持ち方をしなければなりません。また昔の役者さんのように練習していませんから。

深海 : 時代劇俳優がいなくなりましたね。

監督 : ですから目黒祐樹さんの殺陣のシーンは迫力があったと思います。目黒さんは刀の重さをきちっと表現されていました。

深海 : 私の店は歌舞伎座が近いので歌舞伎役者さんが来て実際の刀に鐔を装着したものを構え、「これでは長時間持ちませんね」といわれるので、「だからこそバランス的にここに鐔あるのですよ。拳を守るものではないのです。この重量で長時間耐えられるよう全体のバランスをとっているのですよ。」というと「ほーっ」と感心されます。

深海 : 松本さん何か監督に?

松本 : 我々としては映画と大刀剣市のコラボを上手くやっていきたいと思っていますが、この一枚のポスターには日本刀が三本写っています。お互いをアピールしたいと思います。何ができるかを我々は宣伝担当者と考えていきます。
今日の対談はかなりためになりました。もっとこういう対談を行いたいと思います。今日の対談の中身だけでもアピールできるのではないでしょうか。武士道、侍、日本刀を。私が質問することなど無くなってしまいました。

深海 : 監督そのものがとてもこだわり、昔から構想を練っておられ、武士道を理解されているのが一番です。自分自身が主役になったつもりで撮っておられることがこの映画の良いところです。それぞれの役者に監督の思いが伝わって欲しいですね。

編集長 : 監督のその辺の思い入れ、映画製作の経緯などをお伺いしたいのですが?

監督 : それを話したら一時間でも足りません。
ただずっと思っていることは、時代劇が好きな監督が撮らなければちゃんとした時代劇は出来ません。僕もまだ分かってないところはありますが、少なくとも仕事として与えられる監督と比べれば、まだ殺陣も居合もやっていますので。理事長から見ればまだぎりぎり合格点をもらえる程度と思っていますが(笑)・・・。

深海 : いえいえ、心がこもっています。
だから雪の中の殺陣にも心がこもっています。通常のシーンは土の上なので描写が汚くなるキライがありますが、雪上なのでビジュアル的要素も充分ですね。
で、香川は凄く腕が立ちますね。

監督 : ハハハ(笑)。腕が立つというより、あいつは異常に体力があるのです。

深海 : あれだけの人を倒してしまったのですから。
(剣術を)教える方の原田も教えたのだろうけど、学ぶ方も学んだのでしょう。

深海 : 土壇場になると人間は信じられない力を発揮するのですね。そういうことも映画は語っていますね。本当であれば香川は対等に勝負が出来るわけがない。香川は原田から教わっているのですから。

監督 : そうなのですが、最後は原田主導で、やはり彼が一枚上です。あれは香川が斬ってくる刀を原田が一遍跳ねて、わざわざ袖に入れていますから。だからあそこで彼は凄い技を見せているのです。ふつう袖には入りません。たぶん普通の方は最後何が起こったかわからないと思います。
(原田は自らも斬られながら、袖の中から急所を外して香川の脇腹を突いている。)

松本 : 監督は日本刀をお持ちなのでしょうか?

監督 : 僕は居合刀をもっています。

松本 : 居合刀は古いものですか。

監督 : 居合の先生から真剣買えと言われますが、「いえいえ、真剣は良く振れません」と答えています。

松本 : 2尺4寸ぐらいですか?

監督 : もうちょっと長い、2尺4寸5分位かな。長めにしておかないと鞘コントロールで抜けないではないですか。

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松本 :(原田が蝋燭にかざしている)ポスターの刀を理事長が因州の兼先かな?といったら、宣伝担当者の西川さんから監督が良い線ついてるねとおっしゃっていたと伺いましたので日本刀のことを良くご存知なのかなと思いましたもので。

深海 : 武士はサラリーマンだから高価な名刀は持てないのですよね。お国鍛冶、因幡藩には因州兼先というのが室町末期から江戸時代、丁度享保の頃盛んに三代、四代兼先が打っていましたから。そういうお国の刀でしょう。姿形も因州兼先というのは反りがやや高めであの刀と同じようですから。

松本 : そういうことを後付でよいので映画のエピソードに出来たら良いなどと思ってしまいます。

深海 : (映画で刀を渡すときに使われている)業物という言葉が流行りだしたのは幕末。享保以降。あれは山田浅衛門が一番斬れるものを最上大業物、より斬れるものを良業物、そして普通より斬れるものを業物と位列を表したのが享保以降ですから。ただ業物という言葉がよく斬れる刀という意味で使ったかどうか。もう一度享保20年時にどうだったか調べる必要はあるでしょうね。映画を観る人にわかりやすくするために業物といって渡したのはわかりやすさとして理解できます。

監督 : 結局親友にもらった刀でその人を殺らなくてはならなくなるという悲惨な話ですよ。

深海 : それを描くしかない。それが武士道。武士は丁髷を結って刀を持っているから武士なのではなく、監督が心に描いているように、刀を差しているのではなく、心が武士だから武士なのです。

監督 : だからこれは終わったときによく話すのですが、この中で武士道を貫いた人は誰?と聞くのですが、藩のために切腹して果てた香川の父しかいないのです。みな武士道ではないのです。みな武士道と人間道を行ったり来たりしているのです。

深海 : 城代家老も藩のためだけではなく、否、民のためと付け加えましたね。藩のためだけではちょっと利己的で薄情とも思いましたが、民のためと言わせました。観る人には効きますね。

監督 : はい。あれは城代家老役の若林さんがそっちに力を入れたいと。そこをいろいろ話していく中で・・・。若林さんは「藩のため、いや、民のため」と言いますが、正しい日本語はと言いたいとこだわったのです。そこが武士道を学んでいないと「ひいては」なんですね。「藩のため、ひいては民のため」なのです。でも若林さんは「藩のため、いや民のため」と言いたいとこだわったのです。そこが武士道を学んでいないと「ひいては」なんですね。

深海 : 「民のため」、その台詞があるためにあの城代の正当性、人間性、利己主義だけで藩を守るわけではないこと。何万人という民を守らなければならないこと。観る人が救われました。

監督 : (そういった背景を思うと、あの時代)公儀は剣術指南役の松宮のような者を、そしてその後西崎のような者を派遣していたのかと思ったりします。

深海 : きっとやっていたのでしょう実際。でないと国が治まらない。どこかで反乱謀反が起こってまた関ヶ原の二の舞になるからそれを恐れて徳川幕府が全国に放っていたと思いますよ。そこも映画でうまく描かれていました。

監督 : 剣術指南かお茶の先生か、お庭番か知りませんが、派遣された人はたまりませんね。
剣術指南なのに田畑を探っているわけですから。気の毒ですよ。

深海 : どこの藩にも密貿易があったということです。とくに鳥取藩は日本海に面しているので大陸との密貿易を結構やっていました。それをわからないようにやっていましたので実際の禄高は多かったはずです。鹿児島の島津家が密貿易では最たるところでしょう。あと加賀前田家。

監督 : 実際の鳥取藩は三十二万石ありましたから。そのこともありましたのでこの映画は因幡家にしなければなりませんでした。三十二万石がこんなせこいことはやりませんから。
その鳥取藩が今の鳥取県ですから、規模が小さくなりましたね。それは城主が理由なのですかね。池田家ですからね。

深海 : 島根県、鳥取県、山口県はその後刀はあまり盛んではありません。

西川(宣伝担当)  すいません、あと5分ほどで時間となります。

深海 : 今日は監督のお話が伺えてうれしく思います。

監督 : 僕の方こそ理事長から勉強させて頂きました

深海 : 今回のことは組合の新聞に載せます。今回は発行部数2,500部程度ですが。

松本 : 2,500ですが、丁度この映画のテーマである武士道にフィットする(購読者)層です(ので効果は期待できます。)私どもも(映画との)相乗効果で若手にも裾野を広げていきたい。新しい世代に映画を通じて広げていき日本刀を楽しんでもらいたい。

深海 : 監督も次の作品を温めておいてください(笑)。

西崎 : 私どもも今日の対談を宣伝に取り上げさせて頂きます。

監督・松本 お互いリンク・シェアいたしましょう。

<ポスター前写真撮影>
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ではこれから試写会に伺わせていただきます。
 
 
~終了~


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